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今日は高橋達志郎先生の命日です [独り言]

1994年10月8日 

今日は高橋達志朗先生がなくなった日です。

1962年4月。日本で始めて小鳥の病院を開かれた先生です。

これは高橋先生が、鳥の専門医になるまで、なってからの、お話が書かれている本です。

今は絶版になっていますが、古本屋とかに行けば、もしかしたらあるかもしれません。

簡単に説明をしたいと思います。

高橋先生は公衆衛生監視員の仕事をしていて、半年ほどたったある日、狂犬病の疑いがあった犬を解剖しているとき、指をメスで傷つけ、このとき用いたワクチンの副作用で、下半身不随になってしまったそうです。

22歳から3年間、寝たきりの生活を余儀なくされました。
懸命にリハビリテーションに打ち込み、歩行器を使ってなんとか歩けるまでになりましたが、当時、車椅子はなかったそうです。それがどれだけ大変なことだったか、胸が痛みます。退院後、獣医師としての知識と技術をいかすため、「巣引き屋」という仕事をはじめました。

そこから鳥を診て欲しいと連れてくる方が増えてきて、先生は「いっそのこと小鳥のお医者さんになってしまったほうが・・・」っと今まで病気の先生をはげましてくれた小鳥達への恩返しという意味で、小鳥の専門医になったそうです。

当時は、日本はもちろん、外国にも、小鳥の病気の治療法などを記した資料はなく、高橋先生は、何百羽という死んだ小鳥の解剖を行って、病気やケガの原因を独自に研究したそうです。

小鳥の命を守ることに無我夢中で取り組む高橋先生の評判を聞いて、病気やケガをした小鳥を助けてほしいという飼い主さんが、全国から訪ねてくるようになったというのも分かりますよね。


 

子供にも分かるように、分かりやすく書かれていますが、私が読んでも涙が出るほど感動する内容でした。

先生がまだ生きておられた頃、14歳の少年が、先生のところにお弟子!?!?として、夏休みに小鳥の病院に行っていたそうです。
今は、子供のころの目標を変える事無く、横浜のグローバル病院で院長をなさってます。

高橋先生が亡くなったとき、先生の愛弟子である広瀬先生は、「人間の都合ではなく、まず、小鳥の幸せを考えていた高橋先生の志を継いで小鳥の病院を続けたい」と高橋先生の奥様に申し入れたそうです。

それから、広瀬先生は、横浜のグローバル動物病院院長として働きながら、毎週2回火曜日と木曜日、小鳥の病院で診察をされているそうです。


私、鳥が大好きです。

もしも、もしも結婚していなくて、先生ともっともっと早くに出会いがあれば、私も先生のところに行ってみたかったなぁって思います(笑)お弟子として!?!?

それともう一つ。

高橋達志朗先生が書かれた「小鳥の飼い方と病気 すぐに役立つ飼い方のすべて 」

という本もあります。

こちらも絶版になっていますね・・・

私は運良く手に入れることができましたが、こちらも古本屋とかで、探してみたらあるかもしれません><

いつか、東京に行く機会があったら、高橋先生のお墓に参りに行ってみたいと思います。



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